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COFFEE BREAK
健康-Health-
糖尿病の予防には、クロロゲン酸が効く?
人工透析が必要になったり、失明などの合併症が恐ろしい糖尿病。しかし、コーヒーを飲むことで膵臓の細胞の働きを高め、予防できる可能性があるという。
現代病の一つとして恐れられている糖尿病。いくつかのタイプに分かれるが、約90%を占めるのが「2型糖尿病」だ。これは食生活や運動不足、ストレス、加齢などから引き起こされる。
ところが、コーヒーを毎日飲むことで、コーヒーに多く含まれるクロロゲン酸が膵臓の細胞の働きを高め、糖尿病を予防する可能性があるという研究が発表された。この研究を手がけた神戸大学大学院保健学研究科教授の木戸良明さんに話を聞いた。
成人男性の4人に1人が、糖尿病もしくは予備軍。
木戸さんは神戸大学医学部を卒業後、消化器や腎臓などの一般内科で臨床医を務めたあと糖尿病の研究を始めた。アメリカに3年間留学して帰国後、糖尿病にまつわる細胞の研究をスタート。2008年からは医学部保健学科に籍を置き、糖尿病に関する基礎研究を続けている。
保健学、すなわち健康科学では、病の発症をいかに抑えるかが命題だ。そのなかでも糖尿病は大きな問題の一つである。
「今、世界中で糖尿病患者は約4億人です。2000年ごろに想定されていた患者数は『2025年に約3億人』でしたので、すでにその数を超えています。このペースでいくと、2040年ごろには6億人を超えるとさえいわれています」(木戸さん)
生活習慣病の予防が叫ばれる日本でも、患者数は減っていない。厚生労働省の「2012年国民健康・栄養調査」によると、糖尿病患者(糖尿病が強く疑われる人)は950万人で2007年に比べると60万人増えている(図1)。糖尿病予備軍(糖尿病の可能性を否定できない人)は1100万人で少し減ったものの、両者を合わせると2050万人。総人口で割っても6人に1人、成人男性に限ると4人に1人の割合にまで跳ね上がる。
人間ドックや健康診断で血糖値が高いとされても、痛みなどの自覚症状がないため放っておく人も多いが、糖尿病は合併症が問題なのだと木戸さんは言う。
「糖尿病の三大合併症は高血糖による『細小血管症』です。細小血管症には目の網膜症と腎臓の腎症と神経の神経障害の三つがありますが、成人の失明原因の第1位は目に起きる網膜症です。細小血管症が腎臓に起きると人工透析が必要になり、手足に起これば手足のしびれや筋肉の萎縮、最終的には手足の切断に至ることもあります。さらに怖いのは『大血管症』です。動脈硬化から心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすのです」
糖尿病は、視力を失うなどのQOLの低下を引き起こすだけでなく、生死にかかわる病でもあることを肝に銘じたい。
膵β細胞が弱い、東アジアの人々。
糖尿病の約90%を占める2型糖尿病。その誘因は大きく分けて二つある。
一つが「インスリン抵抗性」だ。肝臓や筋肉、脂肪などの細胞がホルモンの一種であるインスリンの作用をあまり感じなくなると、仮に食事をして血糖値が高まったとしてもそれを正常な状態に戻せない。つまりインスリンが効かないという状態になる。
もう一つが、今回の研究に深くかかわる「インスリン分泌不全」だ。インスリンは膵臓のβ細胞(以下、膵β細胞)でつくられるので、この細胞が減ったり、あるいはインスリンをうまく分泌できないとインスリン不足に陥り、糖尿病の発症につながる。木戸さんは「ひと言でまとめると『インスリン作用不足』が2型糖尿病を引き起こすのです」と言う。
とりわけインスリン分泌不全は、日本や中国、韓国などの人々にとって重要だ。なぜなら東アジアの人々は欧米人に比べて「膵β細胞が弱い」という遺伝的特性があるから。欧米人は太っていても糖尿病になりにくいが、東アジア人は少し太りすぎるとインスリンのバランスを崩しやすい。
「インスリンを多く出すことができない日本人には、膵β細胞をいかに守るかが糖尿病の予防に直結するのです」
インスリンを放出する唯一の細胞が膵β細胞だ。逆に血糖値を高めるホルモンはグルカゴン、カテコラミンなどたくさんある。
「これはある研究者の推測ですが、人類の歴史のなかでこれほど食べ物がたくさんある時代はなかったので、血糖値を下げる必要もなかった。だからインスリンを出すのは膵β細胞一つしかない、という仮説もあります」
また、最近明らかになったのは、東アジア人の膵β細胞は「弱い」だけでなく「減る」ということ。
「日本人はインスリンを放出する力が低く、細胞の量も減りやすい。つまり『能力』と『量』の二つを改善していかなければならないのです」
膵β細胞の維持に、クロロゲン酸が効く。
従来、日本では膵β細胞の能力(分泌能)が注視されてきたが、逆に木戸さんは量に着目し、膵β細胞の量を調節する機構の分子メカニズムを探っていた。2006年、木戸さんたちの研究グループはインスリンシグナル伝達分子の一つ「PDK1」を削除したマウスで実験を行なった。すると膵β細胞はどんどん減っていき、血糖値はぐんぐん上がっていった(図2)。これによって膵β細胞の数と細胞1個あたりの大きさは、インスリンシグナルが制御していることがわかった。
ここから木戸さんは今回の実験の核となる「クロロゲン酸」に着目する。
「ひょっとしたら、クロロゲン酸は膵β細胞におけるインスリンシグナルに影響を及ぼすのではないかと考えました。というのも、以前からコーヒーは糖尿病に効くという論文をたびたび目にしたからです。なかでもクロロゲン酸は、肝臓や筋肉、脂肪へのよい働きかけがありますし、インスリン分泌を亢進するという報告もあるからです」
まず、木戸さんは膵β細胞の細胞株*にクロロゲン酸を投与する実験を行なった。すると、明らかにインスリンシグナルを活性化していることを示す結果が出た(図3)。
「いいデータが出ました。特にインスリンシグナルにおける重要な分子『p-Akt』の数値が上がっています」
今の主流薬と似ている、クロロゲン酸の作用。
次に木戸さんが行なったのは、「小胞体ストレス」とクロロゲン酸との関係を見る実験だった。小胞体ストレスとは細胞内で生じるストレスの一種。インスリンが過剰に分泌されると膵β細胞内にストレスがかかり、アポトーシス(死)が起こり、結果として膵β細胞が小さくなってしまう。
実験の手順は次の通り。①膵β細胞の細胞株に小胞体ストレスを惹起させる薬剤「ツニカマイシン」をふりかける。②インスリンシグナルの活性が落ちる。③そこにクロロゲン酸を投与する。するといったん活性の落ちたインスリンシグナルだったが、クロロゲン酸を投与した後、p-Aktをはじめとする分子の活性が元の水準に戻ったのだ(図4)。
「この結果は、細胞内ストレスを受けた膵β細胞をクロロゲン酸が回復させる可能性があることを示唆しているのです」
木戸さんはさらに実験を重ねる。次は、膵β細胞にとってもっとも重要な巨大分子「IRS2」がクロロゲン酸投与によってどう変わるのかを見た。
IRS2の活性化には転写因子「CREB」の活性化が欠かせないが、クロロゲン酸はこのどちらの活性も高める働きを示した(図5)。
「IRS2とCREBが活性化することは、つまりインスリンシグナル全体が活性化することと同じです。どうやらクロロゲン酸はこのあたりに作用しているようです。細胞株での実験ではありますが、間違いないと思います」
ここで木戸さんは、糖尿病の治療薬として今の主流である「インクレチン」の模式図を示した(図6)。これは膵β細胞を保護する薬とされており、そして今回の実験で確認したクロロゲン酸の働きと共通する部分が多いと話す。
「インクレチンを服用すると、IRS2やAkt、CREBの活性を高めて膵β細胞に分化・増殖を促し、アポトーシスも抑える効果があります。私はクロロゲン酸にもこれとよく似た作用があるのではないかと考えています」
クロロゲン酸にはインクレチンのような効果がある可能性があるうえ、クロロゲン酸がインクレチンそのものを促進することを示唆する論文も二つ発表されているそうだ。
糖尿病予防のために、食事と運動、休息を。
今回の研究結果について、木戸さんはどう見ているのか。
「コーヒーの摂取は膵β細胞の保護効果が期待できると思います。つまり、日本人に多い2型糖尿病の予防にコーヒーは有益である可能性があるということです」
できれば、次はマウスで実験をしたいという木戸さんにとって、この結果は予想通りだったのだろうか。
「両面ありますね。クロロゲン酸がインスリンの分泌に効果があるだろうことは予想していました。しかし、インスリンシグナルをこれほど高めるとは思っていなかったので、これは予想外でした」
木戸さんは、今回の実験で得られたクロロゲン酸によるインスリンシグナルの活性化は、応用が利くと考えている。先述したように、もともと膵β細胞が弱い日本人のなかには、糖尿病に関する遺伝子素因をもっている人も多い。素因やその掛け合わせにもよるが、素因をもっていると、もっていない人より1.1〜1.4倍ほど糖尿病になりやすい。
糖尿病にならないためにも、日々の生活には気をつけたい。適度な運動、栄養バランスのよい食事、規則正しい生活を心がけていれば、たとえ素因をもっていても発症しないですむのだ。
「糖尿病にならないための生活習慣の一つとして、近い将来に『適度なコーヒー摂取』が入るかもしれませんね。もちろんマウスの生体実験やその後の疫学調査などが進んだ後の話ですが」
運動、食事など気をつける項目はいくつもあるが、糖尿病にならないためには特に何が大事なのだろうか。
「食習慣でしょう。スポーツ選手が引退後に太るケースが多いのは、食習慣を変えるのが大変だからです。普段から食事に気をつけるのはとても大事なのですよ」
ならば、運動はどれくらいすればよいのだろうか。
「負荷はそれほどかける必要はないのです。実は、運動には慢性効果というものがあって、仮に30〜40分歩いたとすると、その後数日間は骨格筋における糖の取り込みが亢進するのです。無理なく歩くことができれば、犬の散歩くらいでもよいのです」
一日に必要な分以上のカロリーを摂ったからといって、それを運動で消費しようとすると何時間も走らなければいけないが、その必要はない。また、ストレスをうまくいなすことも、糖尿病の予防にはよいそうだ。
「プレゼンや重要な会議での発表や質問を受けると、ドキッとしますよね。緊張が高まるたびに、実は体内では血糖値が上がって、膵β細胞がインスリンを放出しています。それが頻繁に起こると膵β細胞も弱りやすいのです」
緊張が続くのは体によいことではない。コーヒー好きで飲まない日はないという木戸さんにならって、私たちも糖尿病にならないようコーヒーでブレイクタイムをつくり、健康を維持したいものだ。
神戸大学大学院保健学研究科 病態解析学領域 教授。神戸大学医学部卒業。2型糖尿病の発症・進展における膵β細胞障害のメカニズムを分子レベルで解析し、治療法の開発につなげることを目指している。