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COFFEE BREAK
文化-Culture-
アムステルダムの文化遺産、 〝ブラウン・カフェ〟を記録した写真集。
コーヒーやカフェに関する本は海外でもたくさん出版されていますが、日本語に翻訳されるものはわずか。そこで、海外で話題をさらったとっておきの本を、著者インタビューと共に紹介します。第2回はオランダ発。中世の時代からカフェ文化が栄えたアムステルダムに今も残る、伝統的なブラウン・カフェを紹介する写真集です。
アムステルダムのカフェの歴史は長い。中世の時代から市民たちの社交の場となり、旅人や船乗りたちをもてなしてきたカフェの中には、今でもかわらず営業している店もある。最古のものは創業1519年。17世紀から営業している店も多い。そのほとんどが、店内が茶色く煤けた「ブラウン・カフェ」と呼ばれる店だ。文化遺産と称するに相応しいカフェだが、その数は年々減少していると文筆家ウィレム・パイフェルスさんは言う。2016年、彼はイタリア人の写真家エミリオ・ブリッズィさんと共に、『コップストート』という本を出版した。この街の伝統的なブラウン・カフェ50軒を紹介する写真集だが、カフェガイド、あるいは街のカフェ文化を知るための史料ともいえる興味深い一冊だ。
「フードメニューが充実した新しいカフェの流行、店舗家賃の高騰、激増する観光客といった時代の流れの中で、多くのブラウン・カフェが存続の危機に瀕しています。数十年後には、何軒の店が生き残っているかわかりません。だからこそ、何世紀も続いてきたこの街のカフェ文化の姿を、今しっかりと記録しておきたいと考えたのです」と、この本の制作動機を説明する。
構成は1店につき見開き2ページ。右ページには、モノクロの外観写真が1枚。そして左ページには店名、創業年、営業時間、オーナーの名前、1日の客数と観光客がしめる割合、オーナーの所見を記載。「この5年で店に観光客が増えた」という声は多い。
取材を通して、パイフェルスさんはカフェ運営の現状を垣間見た。「飲み物とおつまみ程度しかサーブしない伝統的なカフェにとって、テナント料の高騰は廃業へと繋がります。今でも経営が順調な店のほとんどは、オーナーが建物を所有しているケースでした。一方、街に溢れる観光客を上手に集める工夫も必要です。彼らの需要に応えるために、朝食やランチをサーブするようになった店もありました」
だが観光客への対応は、両刃の剣でもある。「一度観光アトラクション化してしまったカフェには、もう常連客はやってきません。伝統的なローカルカフェでいられないのならと、店を閉めたオーナーもいます。生き残るためには、観光客とうまくつきあうことも必要。けれども常連客のためのサービスを貫くことは、何よりも重要です」
カフェがある街並を、レトロな白黒写真に収めた。
これらのカフェが姿を消すと、通りの雰囲気も様変わりする。そのため本に掲載する写真は、〝ブラウン・カフェがある街角の風景〟として撮影し、今のカフェと街の関係性を記録した。その実現のために、ブリッズィさんは2階の高さに匹敵する高さ3.5mの位置から撮影した。地上から見上げるように建物を撮影すると、上すぼみに変形してしまうからだ。だがそれは同時に、通り全体が一望できる高さでもあり、街角を俯瞰するような画角を生んだ。一見しただけではいつの時代の写真かわからないレトロ感は、古いハッセルブラッドのカメラと、コダックのモノクロームフィルムの持ち味から。
ふたりのカフェ・フィールドワークの集大成である『コップストート』。いつの日か、伝統的なカフェ文化を伝える貴重な史料として後世の人々にも役立てば、とふたりは願っている。
本来「コップストート」とは頭突きのこと。まるで頭突かれたようなパンチがあるということから、ビールをチェイサー代わりにジュネーバという強い蒸留酒を飲む昔ながらの飲み方をそう呼ぶ。伝統的なカフェでサーブされる組み合わせなので、ブラウン・カフェを紹介するこの本のタイトルに選んだと言う。著者ふたりが吟味して選んだ名店50軒を、モノクロ写真で紹介している。
■ http://www.photo-dreamtown.com
出版社:Inject /価格:28ユーロ/言語:オランダ語/一部カラー、モノクロ/25 × 25cm
著者
Willem Pijffers ウィレム・パイフェルス
デーヴェンター生まれ。コンセプトメーカー、文筆家。写真家のエミリオ・ブリッズィと共に、次々と姿を消していく伝統的なブラウン・カフェを記録として残そうとこの本を制作。ふたりは、他にもアムステルダムをテーマにした写真集を出版している。
①飲食店が軒を連ねるアムステルダム旧市街の街並。店頭に大きなパラソルを出す一番左のカフェレストランと、その隣の伝統的なブラウン・カフェの控えめな店構えが対照的。
②ヤッピーや観光客が激増する旧市街では、昔ながらのブラウン・カフェの多くが、経営難に悩む。家賃の高騰も追い打ちに。そんな生き残りの難しさについて説明している。
地域の変化は、カフェのあり方に大きな影響を与えます。近所に民泊が増えれば、朝食や軽食をサーブする店が増える。多くのブラウン・カフェが、生き残っていくために、伝統的な佇まいを犠牲にせざるを得ないのです。
③行きつけのカフェを持つのは年輩の男性がほとんど。伝統的なブラウン・カフェの多くが、そんな常連客の憩いの場になっている。大きなテーブルを囲んで皆が世間話をする光景は、ブラウン・カフェならでは。
④昔ながらの店では、オーナーが自らカウンターに立っていることが多い。常連客の楽しみは、そんなオーナーとのスモールチャットだ。いつの時代も、カフェは社交の場として大切な役割を果たしている。
伝統的なブラウン・カフェの特徴のひとつは、「馴染みの顔」がカウンターに立っていること。見た目や雰囲気はブラウン・カフェ風でも、大勢の学生アルバイトたちが切り盛りするカフェは「伝統的」な店とは言えません。
⑤赤い文字は「廃業」を意味している。2016年の初版から2017年の第2版を出版するまでに、5軒のカフェが店を閉めた。今でもその数は確実に増え続けているという。
⑥創業1899年の下町のブラウン・カフェも廃業に。改装後には、近年はやりのビールカフェがオープン。各国のクラフトビールを扱うトレンディーな店で、若者に人気だ。
⑦この本で紹介されている伝統的なブラウン・カフェの分布図。著者の目に叶った58軒の店の中から50軒をセレクトした。街の西側に多く分布していることがわかる。
⑧ふたりの著者の「直感」に基づいて選んだ50軒。店構えは伝統的でも、観光客向けアトラクション的なカフェについては、掲載の是非を「かなり迷った」と説明している。
Photographer’s Eye
失われゆくブラウン・カフェを、写真で残すという仕事。
減少の一途を辿るブラウン・カフェの雄姿を記録しておきたくて、この写真集を制作した。ハッセルブラッドSWCという古いカメラ、フィルムはコダックTriXを使った。長い脚にカメラを取り付けて3.5mの高さから撮影。建物が変形して見えることを防ぎ、周囲の通りの風景も含めた「街並」を写している。建物と道が織りなす構図に注意が向くようにと白黒写真を選んだ。
エミリオ・ブリッズィ
イタリア人広告写真家。1988年よりアムステルダムに在住。街並や建築をテーマにした写真集を多く手がける。
『KOPSTOOT』を携えて、アムステルダムのブラウン・カフェへ。
気のおけない仲間が集ったり居心地がよい様子を、オランダでは「フゼラフ」と言う。この国の人々が大切にする感覚だ。そんなフゼラフなカフェが満載の『コップストート』を片手に、アムステルダムのカフェ文化を探索してみよう。
Cafe Papeneiland
カフェ・パーペンアイランド
Tel: 020-6241989
Prinsengracht 2, 1015 DV Amsterdam
■ http://www.papeneiland.nl/en/
プリンセン運河に面した『パーペンアイランド』は創業1642年。この街で最も美しいブラウン・カフェのひとつ。クラシカルなインテリアが観光客にも人気だが、客の約7割は常連さんだ。
この店の自慢は、亡き先代夫人のレシピのアップルタルト。クリントン元大統領がお忍びでやってきて、この味にいたく感激。後日「美味しかった」と御礼の手紙まで届いたとか。まるで自分のリビングのようにくつろぐ常連さんの姿も。店の切り盛りは、現オーナーのティルさんとその奥様が。引退した先代も、毎日店に顔を出している。
Cafe't Smalle
カフェ・ヘット・スマレ
Tel: 020-623 9617
Egelantiersgracht 12, 1015 RL Amsterdam
■ http://www.t-smalle.nl/
1780年創業のジュネーバとリキュールの試飲所が、現カフェとしてオープンしたのは1978年。「ワインカフェ」としても有名。客層は観光客が4割、常連が6割。朝食やランチもある。
中世の時代にタイムスリップしたような、ゆったりとした時間が流れるカフェ。この店の売りは、ブラウン・カフェらしい落ち着いた雰囲気の店内と、運河に張り出したテラス。各国のガイド本でも多数紹介されている人気店だが、オーセンティックな風情はしっかりと守られている。この街で最も有名なブラウン・カフェのひとつ。
Cafe in 't Aepjen
カフェ・イン・ヘット・アーピェン
Tel: 020-626-8401
Zeedijk 15-1, 1012 AN Amsterdam
サイトなし
創業1519年。この街で最も古いカフェと言われている。建物も、市内最古の木造建築のひとつ。旧市街の心臓部に位置しており、活気ある雰囲気が特徴。観光客と常連の割合はほぼ半々。
飾り窓地区に程近いゼーダイク通りのカフェ。中世にはアジアと往き来した船の乗組員らで賑わった店だ。店名のアーピェンとはサルのこと。船乗りたちがアジアから連れてきたサルを、料金代わりに店に渡したことからつけられたと言われている。この店はカフェというよりはバーで、ビールやジュネーバを飲みに来る客で賑わう。