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COFFEE BREAK
文化-Culture-
11歳の少女をめぐる、家族とコーヒーの物語。
美食の国と名高いフランスで、コーヒーは長年、例外的な存在だった。安価なロブスタ種を旧植民地から入荷し、庶民の目覚まし飲料として普及。コーヒーを飲む目的はカフェイン摂取で、「味は二の次」の扱いをされてきた。
状況が変化したのは、ここ10年ほどのこと。他国のサードウェーブ系コーヒーショップで良質なシングルオリジンコーヒーに目覚めた若者が、焙煎やバリスタの技能を学び、パリをはじめとした都市部で続々と開業した。彼らの働きによりフランスのコーヒー業界は、味・品質・ラインナップの各面で急速に向上しつつある。その影響は出版業界にも及び、コーヒーの生産地や焙煎、抽出の知識を啓発するビジュアル本や技術書が増えた。
そんな中で、ガエル・ペレさん著の『サンフォニー・カフェ』は異彩を放っている。カラフルなイラスト表紙で児童書のような見かけからして、コーヒー分野では類書がない。それもそのはず、この本は通常コーヒー本のターゲット読者にはされない、9歳以上の子ども向けに作られているからだ。
「楽しく読むうちに、コーヒーについても知っていく。それが企画当初からの、この本の狙いでした」
本をめくりながら、ペレさんは5年前を振り返る。きっかけはフランスで新進気鋭のコーヒー豆輸入業・ベルコ社との出会いだった。
「私は食文化を啓発する物語児童書のシリーズを立ち上げて、第一作のスパイス本を上梓したところでした。歴史や生産について語り、有名シェフとコラボした本は好評で、イベント参加の機会も多かった。その一環で、ベルコ社の目に留まったんです」
ベルコ社はコーヒー生産の持続性に配慮する買い付けを重視し、フランスの消費者にもそれを啓発したいと願っていた。大学で民族学を修め、正確な知識を物語に編み込むペレさんの本作りは、まさに彼らの求めるものだったのだ。出版費用の一部をベルコ社が負担し、完成本は書店以外に、社と取引のある焙煎所やカフェでも頒布。顧客への案内に使われている。
未来の消費者を、物語の力で耕していく。
物語の舞台はフランス大西洋岸の港街ル・アーヴルとコロンビア。ル・アーヴルは歴史的なコーヒー生豆輸入港で、コロンビアはベルコ社とのゆかりから選ばれた。主人公は、焙煎士を父親に、別居して暮らすピアニストを母親にもつ11歳の少女ルナだ。ある夏、親友のコーヒー農園の窮地を救う父について、ルナはコロンビアに旅立つことになる。彼女の目を通して読者は農園を知り、そこで働く人々と出会い、読み進むにつれ、豆の生産や焙煎、抽出の知識を得ていく。
ルナの物語にはもう一つ、父母や祖母らの家族、そして農園で働く人々との繋がりという軸がある。血縁に縛られない現代的な人間関係が、スマホやインターネットなどのデジタルツールとともに、ごく自然に登場する。
「コーヒーは子どもにとって、身近な大人から教わって初めて味わう飲み物。コーヒーの思い出には、家族や近しい人の記憶がついてくるんです」
そうして世代を、人を繋ぐコーヒーの魅力も伝えたかった、とペレさん。未来の消費者を物語の力で耕していく、コーヒー伝導の新しい形だ。
コーヒー文化を啓発する物語絵本。フランスのコーヒー豆輸入港ル・アーヴルに住む、11歳の少女ルナを主人公に綴られる。ルナの父親は焙煎カフェを営みつつ、男手ひとつで彼女を育てている。ある夏、コロンビアでコーヒー農園を営む親友を助けるため、ルナを連れて旅立つことになった。そこでルナは家を出たピアニストの母の秘密に触れ......。家族の物語を追いながら、コーヒーについて学べるのがユニーク。
出版社:レ・プティ・ベレ / 価格:15ユーロ
言語:フランス語/ カラー
29.5cm(タテ) × 21.5cm(ヨコ) 57ページ
著者
文:Gaëlle Perret ガエル・ペレ
1974年生まれ。民族学を学んだのち、編集者として働く。約10年前より執筆を行い、5冊の本を出版。食材と物語を組み合わせた児童書シリーズを手がけ、これまでスパイス、チョコレート(最新作)を扱っている。
絵:Sophie & Gérald Guerlais
夫婦で挿画を担当。旅テーマの作品多数。
右:中表紙は、物語へ入り込む準備をする場所。左ページにはコーヒーカップの絵とカップの跡で雰囲気を演出し、右ページには主人公の言葉で、本文の物語が彼女の日記であることが書かれている。
左:中表紙の次は「私の家族」と記された、登場人物紹介ページ。血の繋がった家族以外に主人公が慕う人物も描かれている。著者の「人と人が家族になる繋がりは血縁だけではない」との思いを込めた。
『サンフォニー・カフェ』というタイトルは、主人公ルナのピアニストの母親がコーヒーを主題に曲を作った、という作中のエピソードから考えました。ルナの父親の焙煎所カフェの店名でもあるんですよ。
ルナの日記形式で進む物語、1日目にはいとこたちと、泥をコーヒーに見立てて遊んだ思い出から始まる。無邪気な子どもの遊びのすぐ横に、コーヒーの木の説明を、百科事典的に記すページを配置している。
本にはコーヒーに関する情報ページを何箇所か入れています。「こういう作りの本ですよ」と早い段階で知らせるために、冒頭に置きました。生産地を訪れる話なので、その心の準備を兼ねて、木の話から始めています。
左:主人公の父親ユーゴは焙煎士。この見開きではルナが父親の焙煎所カフェを舞台に、焙煎のステップや焙煎士の仕事について説明する。ルナが語ることにより、子どもの言葉で分かりやすく表現されている。
右:焙煎だけではなく、その後のストック(直射日光を避けた場所に置く)やコーヒー抽出・接客業務にも触れ、コーヒー焙煎士の仕事をリアルに伝える。表現の端々で、ルナが父親を誇りにしている様子がわかる。
ここではルナが父親の工房を訪れる設定で、焙煎の仕事をかなり細かく伝えています。伝えたかったのは、焙煎とは知識と技術が集約された職人技である、ということ。見開きを丸ごと情報ページとして使っています。
右:男手ひとつで育てられているルナが、母方の叔母のコーヒー園で、知られざる母の一面に触れる場面。コーヒーの香りが漂う家族の物語の、優しいクライマックスシーンだ。
左:さまざまな抽出法の紹介は、コーヒー園での農作業の合間、コーヒーブレイクのシーンで登場。エアロプレスやV60、ケメックスなど器具の詳細も。
巻末では新聞記事の体裁で、ルナの父が焙煎コンクールに優勝したことが語られる。対向ページにはルナの祖母のティラミスのレシピを掲載。読了後にも、読者にコーヒー体験を続けてもらう工夫だ。
これまでスパイス、コーヒー、チョコレートを題材に、児童向けの食啓発物語本を3冊、シリーズで書いています。巻末にはその食材を使ったレシピを載せるのがお約束。プロのシェフに頼んで考案してもらった、美味しいレシピを掲載しています。
My favorite roasting place
絵本の中の焙煎所カフェを体感できる場所
今回の取材場所として著者のペレさんが選んだのは、ボルドーを拠点とする焙煎所「ラルシミスト」。『サンフォニー・カフェ』の中でも名前が使われている、ペレさんのお気に入りだ。店主のアルチュール・オーディベールさんはパリの名店『クチューム』で焙煎を学び、2014年に独立。産地の収穫カレンダーに即して旬の豆だけを仕入れ、ラインナップを入れ替えつつ、常時8~10種類の豆を厳選して扱っている。顧客は個人客から有名レストラン、企業まで幅広いが、どの規模のお客にも、環境保護や持続性のある消費行動を推奨するのが信条だ。ゴミの出るカプセル式マシンを減らすため、グラインダー付きのゴミの少ない抽出機と豆の定期納品をセットにした、法人向けサブスクリプションを提案している。
DARWIN -- 87 Quai des Queyries 33100 Bordeaux
T. +33 (0)6 65 05 25 91
火--金 8時30分~18時 土・日 9時30分~18時 月曜定休
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