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COFFEE BREAK
文化-Culture-
NY、コーヒーを飲みながら、「カポーティ」を探す。
稀代の天才作家の⾜跡を辿る
NY、コーヒーを飲みながら、「カポーティ」を探す。
鋭い観察力と鋭利な文章でカポーティが活写したニューヨーク。そこは今もコーヒーがよく似合う、"芸術家の居場所"。
映画『ティファニーで朝食を』は、オードリー・ヘップバーン演じる主人公ホリー・ゴライトリーがニューヨーク5番街の高級宝飾店ティファニーの前にイエローキャブから降り立ち、ショーウィンドウの前で紙袋からペストリーとコーヒーを取り出して〝朝食〟を摂るシーンから始まる。彼女が身に着けたジバンシィのドレス、レイバンのサングラス、背後に流れる「ムーン・リバー」の哀調、そしてテイクアウト用のカップ(この時代に!)に入れられたコーヒー......全ては映画が製作された1960年代のニューヨークの栄華を象徴するアイテムだった。この魅力的なストーリーの原作者、トルーマン・カポーティは10代で作家デビューし、20代半ばにはすでに文壇の寵児となっていた早熟の人。広く社交界にも通じ、多彩なニューヨーカーを構成する一つの強力なカラーとして、作品のみならず人物としても光彩を放った。
ホリーに投影された、カポーティの母親像。
カポーティは1924年にトルーマン・ストレックファス・パーソンズとして南部ルイジアナ州のニューオーリンズで生まれた(カポーティという姓は母親の再婚相手のもの)。ニューオーリンズにはチコリを混ぜたコーヒーとベニエで有名な店があるが、カポーティも子供の頃からコーヒーに親しんだだろうか。
両親は早くに離婚。母親は幼い息子を親戚の家に預け、「上流の暮らし」と「名声」を求めてニューヨークに行ってしまう。『ティファニー』の主人公のモデルは作者の母親だった。空想好きでお喋りのトルーマンを叔母のジェニーは可愛がったが、彼の話の度がすぎると「嘘はおよし」とたしなめたという。10代の半ばになると、トルーマンもニューヨークに移る。作家志望の多感な少年は『ニューヨーカー』誌の編集部で下働きの職を得ている。
ティファニーで、イノセントなコーヒーを。
〈食事の前に八杯もマティーニを飲んで、象が洗えちゃうくらいワインを飲んだんだもの〉(『ティファニーで朝食を』より)。お酒のシーンには事欠かない『ティファニー』だが、コーヒーのシーンとなるとそれほど多くはない。映画版では冒頭に掲げたオープニングの1度きりだ。原作の方には4度「コーヒー」という言葉が登場する。印象的なのは、ホリーに捨てられた夫が彼女を連れ戻そうとニューヨークにやってきて、作家の分身とも言える男とダイナーで対面するシーン。〈彼の身体からは煙草と汗の匂いがした。コーヒーを注文したが、運ばれてきても手もつけなかった〉
夫の心情が尋常ならざる状態であったことがうかがわれる。一方でコーヒーは「日常」「平穏」を象徴している。
小説が話題になり、映画がヒットすると、社交界の女性たちは「私こそがホリーのモデルなのよ」と口々に言い募ったという。言わずもがなだが、当時ティファニーにカフェやレストランはなく、店内で朝食を摂ることはできなかった。「ティファニー」も「朝食」も、あくまでもメタファとしてカポーティの小説世界に取り込まれていたのだ。しかし、2017年に事態は変わった。ティファニー店内にカフェがオープンし、ティファニー・ブルーに彩られた空間で朝食やコーヒーを楽しむことができるようになった。このことを「夢が叶った」と捉えるか、「夢が壊された」と捉えるかは人によって違うだろうけれど。
カポーティの短編を読みつつ、コーヒーを飲むべき場所。
マンハッタンのアルゴンキン・ホテル(1902年創業)はカポーティの生きた時代の雰囲気を追体験できる数少ない場所の一つだ。運が良ければフロントでマスコット・キャットの8代目ハムレットが迎えてくれる。そう言えば、ホリー・ゴライトリーも「名無しの猫」を飼っていたっけ。文壇の溜まり場として知られるラウンジ・バー「ラウンドテーブル」でクラシックなブラックコーヒーを飲みながらカポーティの短編を読むのもいいだろう。
「ふさわしい居場所」を見つけるための店。
自身について「アルコールと薬物の依存症で、同性愛者で、天才である」と吹聴していたカポーティ。彼にとって天才=芸術家であり、天才であるためには「生き方そのものが芸術でなくてはならない」(『トルーマン・カポーティ研究の結び』)のであった。
現代のコーヒーのある風景を、彼ならどう描くだろう?
ニューヨークは今も〝芸術家の街〟だ。ブルックリンの「ルーツ・カフェ」は画家のパトリシアさんと詩人でミュージシャンのダニエルさんの姉弟が営む。店の常連客には物書きや映像関係といったクリエーターが多いという。常連客の一人がサンドイッチとコーヒーを注文する。「それぞれのお客さんの好みに合わせたサンドイッチを10種類用意しています」とパトリシアさん。壁には彼女が描いた常連客の似顔絵がびっしりと並ぶ。「お客さんの名前は全て覚えています」とダニエルさん。下町らしい親密さを大切に。それは10年前にこの店を開いた創業者のポリシーでもある。
裏庭の籐椅子でコーヒーを飲むことにした。〝誇りを持て〟とカラフルな絵具でペイントされた壁のボード、吊るされた安っぽいライト、無造作に並べられたボタニカルの鉢......全てはアートのかけらだった。「この店は人々にとって、家庭でも社会でもない〝第3の居場所〟であるべきだと考えているんです」とコーヒーを運んできたダニエルさんが言う。母親に捨てられ、この街で生涯〝居場所〟を探していたようにも見えるカポーティのことが思い浮かんだ。
店では毎週木曜の午後に「アフターアワー」と銘打って、パフォーマーが公演をしたり、ポエトリー・リーディングを行ったりしている。カポーティが晩年の傑作『冷血』を書いた経緯を追った映画『カポーティ』には作家が新作の朗読を行い、喝采を浴びるシーンがあるが、もしカポーティが生きていたら、こんな場所でも朗読会を行っていたかも知れない。
旅の最後にコーヒーマグを片手に再び5番街を歩いた。ティファニーの前に警備車両が数台。聞けば、まもなく大統領専用車が通るのだと言う。カポーティなら、今のアメリカをどんな風に描くだろう?