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COFFEE BREAK
文化-Culture-
日常に不可欠な存在の、コーヒーを軽妙に描く。
コーヒーのある光景を描いた『カフェでカフィを』は、漫画誌『月刊オフィスユー』で連載中の作品だ。1話完結のショートストーリーのなかで、毎回、主人公は必ずコーヒー、あるいはハーブティーや紅茶を手にする。
著者が見事なのは、そのありふれた光景を描くと同時に、日常と非日常を絶妙なバランスで混ぜ合わせて物語を完成させるところだ。
偶然出会った男女が、一緒にコーヒーを飲むと?
「バッテラとティラミス」に登場するのは、駅で見知らぬ男性に、30年ぶりにナンパされた女性だ。まっすぐ家に帰りたくなかった女性は、その男性と一緒にホテルのティールームへ行き、エスプレッソとティラミスをオーダーした。女性は朝の食卓にバッテラを用意したが、夫は、女性が飲もうと淹れたコーヒーが自分用だと勘違いし、「バッテラにコーヒーは合わないだろう!」といきなり怒りだし、そのまま出勤したと愚痴る。
これだけならよくある話だが、この物語に不思議なインパクトを与えるのが男性だ。たびたび、こうして女性に声をかけていることを悪びれずに打ち明ける。ただし、女性の話にしっかりと耳を傾けては気の利いたコメントを返す様子は、先を急ぐわけでもなく実にスマートだ。
ところが最後に、打ち解けた気分になっていた女性のことをあっさりと裏切る。一体、この男性は何が目的で女性を誘ったのか。まるでしがらみを感じさせない軽やかさはどこからくるのかと、妙に興味が湧いてくる。その余韻が心地いい。
「年末クリーニング」は、離婚したばかりの女性が、部屋のエアコンのクリーニングを便利屋に依頼する。やってきた便利屋の男性は、淡々と作業しながら、女性と言葉を交わす。作業後、女性が淹れてくれたのはしょうがコーヒーだ。便利屋という職業としょうがコーヒーの非日常感が物語に何とも言えない不思議な響きを加える。
どちらも偶然、中年の男女が出会うが、コーヒーを飲んで恋が芽生えるわけではない。日常が突然うまく回り出さないところが、妙に落ち着く。
日本中、いつでもどこでも、コーヒーがあるということ。
本書でコーヒーは、特別な役割を果たすわけではなく、当たり前にあるもの。コーヒーを飲むことで、主人公が素晴らしいアイデアを思いついたり、落ち込んでいた心が回復したりすることはないし、コーヒーを介して、誰かと誰かのコミュニケーションが成立するわけでもないのだ。もちろん、喫茶店のマスターがコーヒーのうんちくを語ることもない。
だけど、コーヒーはそれぞれの日常に不可欠な存在だ。主人公たちがコーヒーを手にするのは、喫茶店や自宅、車の中、野外マーケットのフードトラック、温泉宿のドリンクカウンターと、日本中のありとあらゆる場所でコーヒーが提供されていることを実感する。
登場人物も実に多彩だ。エイプリルフールにお菓子を持ち寄って集まった小学生の女の子たち、大学受験を目指す女子高生、仕事をやめてハローワークに通う若い男性、一人暮らしが長い女性、付き合い始めて間もないカップル、定年退職した老年男性の三人......。それぞれの日常にコーヒーが存在する。 コーヒーもレギュラーコーヒーからエスプレッソ、アイスカフェオレ、コーヒーゼリーとバリエーションが豊かなことも、コーヒーの広がりを示す。
いっぽうで「のめねーよ!」は、そんな状況を嘆く主人公が登場。コーヒーが飲めないというだけで、どれだけ肩身の狭い想いをしているかを語り、どこへ行ってもコーヒーがあることを嘆く様子には同情しつつも笑ってしまう。
1コマに描かれたカフェの外観や店内の様子、コーヒーカップは細部までしっかりと表現され、それぞれのコーヒーのある光景を見事に再現する。
「そもそもの話」で作家が編集者と打ち合わせをするカフェは、資料を並べやすい広くてすっきりとしたテーブルだ。その後、作家が1人で訪れた自宅の近くにある喫茶店は、一見、どこにでもありそうな普通の店構えで、コーヒーカップは柄の違うソーサーに無造作に置かれて出てくる。ところが日替わりメニューのニラレバのホットサンドが意外な美味しさ。残念なことにコーヒーとはそれほど合うわけではないが、常連客も多く繁盛している、という店の描写の細かさにもうなる。
「かしましガールズ(`v`)ノノ」では、高校の同級生が2度目の結婚をすることになり、ドリンクバーのある店で、2人の女性がパソコンを見ながらお祝い用のマグカップを選んでいるのだが、精緻に描かれたマグカップが次々と登場し、それらを眺めているだけでもコーヒーが飲みたくなる。
単行本は本書が3巻で、3冊合わせて46話を収録。登場人物は、ときに別の話に再登場し、思わぬ過去とつながったり、予期せぬ未来が展開したりして、さらに物語に奥行きを生む。「バッテラとティラミス」に登場した男性や「年末クリーニング」の便利屋の男性の過去も別の話で明かされた。
どの話も独立した物語として読めるので、3巻から読み始めても問題ない。ただし、どれから読み始めたとしてもきっと次々と読みたくなる。現在も漫画誌で連載中なので、今後さらなる展開も期待できるだろう。
一度読むとクセになる味わい、日常のちょっとしたリセットになるところは、コーヒーと同じだ。
ヨコイエミ著
集英社クリエイティブ ¥759(税込)
週末の野外マーケットで販売していたコーヒーを飲みながら他愛もない会話をするカップル、近所の喫茶店を初めて訪れ、長く営業を続けてきた店の魅力を知る作家、ファストフード店のドライブスルーでコーヒーを買い求め、田畑が広がる場所で車を停めてコーヒーを飲み、漫画を読む老年の男性たち。それぞれの暮らし、人生のコーヒーのある光景をていねいに描写したショートストーリー全15話を収録。