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COFFEE BREAK
文化-Culture-
日本から世界へ広がる、シティポップとコーヒー。
世界へ、広がって。......いきなりコピーライターを気取ったような文章で恐縮だが、コロナ禍のいま、この一文から受ける印象はたぶんネガティヴなものだろう。パンデミック前ならどうか。きっと世界への広がりはポジティヴなものとして人々に受け取られていたはずだ。新型コロナウイルスが状況を一変させたのだ。
さらに日本から世界へ発信される、気が滅入るようなニュースの数々が追い討ちをかけた。日本政府による愚行の連続を抜きにしても、愉快とは言い難い日本の現実が出るわ出るわ。和製トランプ支持者による陰謀論は本国アメリカを凌ぐ勢いで拡散された。東京五輪にからむ女性蔑視発言や新会長選びのドタバタは世界を呆れさせた。これまでは国内で収まっていたこうした話題もいまや瞬時に自動翻訳され、国境を越えて世界周知の事実となる。日本の暗部を世界にさらしているようで、肩身の狭い思いを抱く人も決して少なくはないだろう。
しかし、日本発信のすべてが"悪"ではない。コーヒー愛飲家なら、サードウェーブの潮流は日本の喫茶店文化が世界に広がった結果だと記憶しているはずだ。絵文字もすっかり世界中に浸透し、もはや"emoji"は立派な英単語。そう、世界を明るく前進させた日本発のモノも数々あるのだ。
とりわけ音楽好きにとって誇らしいのが、山下達郎、竹内まりや、大貫妙子、角松敏生といったアーティストたちが1970年代から80年代にかけて生み出した都会的でダンサブルな楽曲が"シティポップ"という名称で最初はアジア近隣のDJの間で、続いてヨーロッパやアメリカ西海岸の音楽マニアを中心に近年盛り上がりを見せたことだろう。いまやシティポップは、世界の音楽ファンの共通言語として語られるトレンドワードなのである。
コーヒーの染みが伝える、ほろ苦い思い出の痕跡。
その象徴ともいえる曲が、松原みきが79年にリリースした「真夜中のドア/Stay With Me」だ。ポップスの名匠、林哲司が歌謡曲の枠を超えて作曲したこの"日本生まれの洋楽"は、発表から40年の時を経て再燃。各国のクラブDJや、ユーチューブやサブスクリプション(定額聴き放題)サービスのキュレーターがこぞって曲を流し始め、2020年10月末にはインドネシアの人気ユーチューバー"レイニッチ"がカバー動画をアップすると、世界の音楽ストリーミングサービスでランキングが急上昇。20年末の時点で、Spotifyグローバルバイラルチャートで15日連続世界1位、Apple Music J-Popランキングでは50カ国で1位を記録し、92カ国でトップ10入りする快進撃をみせたのだ。
これぞシティポップというべき軽快かつ洗練されたメロディもさることながら、録音時が19歳とは思えない大人っぽい歌声がなぞる歌詞もまた、この曲の魅力である。作詞家・三浦徳子が描いたのは、都会の女性らしく気丈に振る舞いながらも失った恋を振り返り、季節が巡るたびに懐かしむ女性の揺れ動く想いだ。冒頭でショーウインドーに映る彼のジャケットに見覚えのあるコーヒーの染みを見つけるシーンが登場し、ふたりの関係を割り切ったものと考える女性の冷めた視線を感じさせるのだが、続くサビでは一気に「帰らないで」と泣きながら、真夜中のドアを叩く女性の姿が描かれている。
コーヒーの染みを見て「相変わらずね」とつぶやく女性には、明らかに無頓着な男を下に見ようという意思が感じられる。しかし、一転して「帰らないで」と真夜中のドアを叩く姿を描くことで、いかに女性が背伸びをした恋をしていたかを聴く者は痛感するのだ。いや、痛感しているのは女性自身である。このギャップがたまらない魅力となって、この曲に胸を熱くする付加価値を生んでいるといえるだろう。コーヒーの染みは、背伸びをしていた頃のほろ苦い痕跡なのである。
そもそもシティポップを象徴する曲は、竹内まりやの「PLASTIC LOVE」(85年発表)が最初だった。ヒップホップがメインストリームの音楽となり、メロディ不在の時代が続いた反動からか、世界の音楽マニアが彼女の生み出したドラマティックなメロディに注目したのだ。そんなシティポップ再評価のきっかけをつくったシンガー・ソングライターが98年に発表した「カムフラージュ」では、プラスティックだった愛が熟成を重ね、それまでの上品な女性のイメージとは一線を画す妖艶な表情が顔を出す。
秘めた淡い予感を醸す、コーヒーと煙草の香り。
親からの精神的虐待や衝撃的な出来事により、心に深い傷を負ったアダルトチルドレンとそれを取り巻く人間模様を描いた、フジテレビのドラマ『眠れる森』の主題歌としてつくられた曲だけに、流麗なメロディながらも、歌詞はどこかドロッとした印象を身にまとっている。友だち以上の気持ちを閉じ込めきれなくなっている女性は、好きな男の「コーヒーと煙草の香り」にさえ、秘められた淡い予感を感じている。しかし、実はお互いに恋人をもつ身なのだ。ダブル不倫を予感させる、大人の切ない恋の歌。それがストレートな解釈となるのだが、一方で自分らしく生きる道を見つけた女性の覚醒の歌ともとれるのが興味深い。
自分の気持ちを偽りながら生きるべきかどうか。コーヒーを飲みながら熟考するのも一興だろう。
1979年11月5日リリース
ポニーキャニオン
三浦徳子(作詞)と林哲司(作曲・編曲)が手がけ、数々のアーティストにカバーされたシティポップの名曲。後藤次利と林立夫の鉄壁のリズム隊、松原正樹のギターソロと、演奏も名演揃い。珠玉のデビュー曲。
1998年11月18日リリース
ワーナーミュージック・ジャパン
中山美穂と木村拓哉が主演したドラマ『眠れる森』主題歌。夫でもある山下達郎がプロデュースと編曲を担当した。竹内まりやに初のオリコン・シングルチャート1位をもたらした27枚目の記念すべきシングル。